clap log 6 「Molucca」


 まず首を傾げた。

 次いでことの重大さにやっと思い当たり、真っ青になった。
 たいていのことは笑ってすますジノでさえ、スザクの肩に腕をまわしていたまましばらく動き方を忘れていたほどだ。














Molucca















 だがしかし何時までも間抜けな姿を晒してはおけない。
 年の功――1年だが――か一番最初に我に返ったスザクはジノの手を摘まんで正気に返らせてから跪いた。

 


「失礼いたしました」


 少し困ったように微笑む訪問者に向かって。


「シュナイゼル殿下」
「そんなに畏まらないでくれないかな?」


 数多い皇子たちの中どもっとも皇帝に近いとされる第二皇子、シュナイゼル・エル・ブリタニア。
 そんな人に対して間抜けな姿をさらしてしまったことが本当に悔やまれる。
 畏まるなというがそうはいかない。
 だいたい畏まらないで他にどんな態度をとれというのだ。
 それこそ困る。


「今日はプライベートで来たんだ」

 

「は?」

 

 思わず素っ頓狂な声があがってしまうのも仕方ない。
 第二皇子が、プライベートでラウンズのもとに訪ねてくるだなんてなんということだ。
 皇子、しかも宰相閣下に足を運ばれる騎士とはなんだ。
 聞いたことがない。
 そもそもラウンズは皇帝直属の騎士団だ。いくら次期皇帝と噂されている彼だからといって、皇帝の命以外で接触をはかってくるなんてことはまともに考えればありえない。

 誰だ。
 誰が何をしたのだ。


 不思議な少女といい先日から千客万来とはこのことだ。そういえば彼女の所属する特派はシュナイゼルの部隊だというが、そのことだとかまさか言わないだろうか。いやありえない。それならば私用ではおかしい。
 一体何が起こっているというのだろうか。


 ぐるぐると考えながらも頭を下げ続けるラウンズの面々に――とはいっても少女の時と同様、今いるのはスザクにジノ、アーニャの三人だけだ。何の因果だろうか――とりあえず座って話でもと第二皇子は言ってくれるが、重ねていうがこの部屋は人を迎えるためには造られていないのだ。
 それでも断るわけにもいかない。


 どうやら護衛はいないようで――それもまた不思議なことだ――秘書官と2人、それこそ何のお構いもできませんがと通した。
 ジノが。


 さすがに貴族か。
 どんなに出世しようが感覚において一般庶民を自負するスザクがかつてない速さで考えを巡らせている間に、ベストではないにしろベターを選ぶ。

 

「あまり気負わないでくれると嬉しいな。礼節を欠いていることは百も承知なのだがね。時間もなくて丁度近くにきたものだったから。申し訳なかったね。本当に個人的な話があって寄らせてもらったんだ」


 皇族らしいゆったりとした笑みに心底悪かったと思っているといわんばかりに苦笑がまじる。
 この皇子は常に笑顔を絶やさない。
 それが少し、ぞっとしない。
 だが言ってる内容は皇族としてありえないものだ。
 どう考えても友人宅を訪問するかのような軽い言葉は。

 

 だがそれでもそんな暢気に近いことを考えていたスザクの頭がストライキを起こしたのは次の瞬間だ。

 

 


「個人的なお話とは、我々にでしょうか」
「というか、枢木スザク君にね」

 


 思ってもみなかった指定に、驚く以外どうしろというのか。
 なにもかも全部一瞬でふっとんだ。


 ストライキを起こすなら事前に一度予告を入れて欲しいものだ。

 

「自分ですか?」


 驚きすぎて鈍い言葉しかでてこない。 

 何をしてしまったというのだろうか。
 少なくとも第二皇子に関係することに直接スザクは関わったことなどないはずだ。
 実は裏にシュナイゼルがいたんですとか言ってくるのだろうか。間接的ならば思い当たる節はないが、ありえないことではない――だが何の話だ。


「実は君に折り入って頼みたいことがあってね」


 彼は紅茶を煎れてきたアーニャに軽く礼をいって、優雅に口に運んだ。
 たっている小指とかまう気にすらならない――少ししか。
 唖然とした顔を隠しきれなかったスザクにシュナイゼルが笑った。

 

「これは本当に個人的な頼みだから、強制しているとはとらないで欲しいんだけどね」

 


 頼み。
 お願い。
 これほど彼に似合わない言葉もない。


 話が全く読めないのはスザクだけではない。
 ジノもアーニャも訝しげな顔が隠しきれていなかった。
 勧めたが立ったまま秘書官だけが何事もないかのようにそこにいる。

 

「個人的、ですか」


 さらになんの話かわからなくなった。
 何度もいうが――何度だって言いたい。声が枯れるまで言いたい――宰相閣下となどスザクは個人的どころか公的な立場としてさえまだまともに顔をあわせたことがないのだ。
せいぜい遠目に眺めるくらいが関の山だった。
 ラウンズになったからといって増えることがなかったのは、彼が本国を離れていたからだとは思うが。
 それはつまり帰国して直後とはさすがにそんなことはないだろうが、この訪問は優先事項の比較的上の方におかれていたことだけは間違いない。

 

 何を言われるのだろうと思えば、流石のスザクでも背中に汗が伝わる思いだった。
 それは目の前に座る男が――皇族だからでも宰相だからでもない――つくりだす
 空気のせいだ。
 得体がしれない。正直そんな風にさえ思ったのだ。

 

「ルルーシュとはもうあったね?」

 

 やはり。その話か。
 一体特派とは何なのだ。
 代表してやってくるのは年端もいかない人形のような少女。
 勧誘するくせに迷惑そうな態度。
 所在地はわからず。
 その上第二皇子が公用ではなく私用で訪れるときた。
 正式な部隊ではないとでもいう気か。
 まったくもって狐かなにかに化かされてるとしか思えない。

 


「特別派遣嚮導技術部を名乗る少女のことでしたら」

 それでもスザクは動揺を押し殺して応じた。


「君の返事は?」


 そんな聞かれ方をすれば。

 

「……彼女はナイトメアの性能について保障してくれました。もしも自分に乗りこなせるのならば、とてもありがたいことだと思います」


 こう答える以外にないではないか。
 辞退しようと思っていただなんて言えるはずがない。
 いや、ナイトメアに関して本当に乗りたいか乗りたくないかという問題ではないのだ。
 ただ、彼女が。

 

「ただ彼女は、自分がパイロットとなることを歓迎していないように感じたので」

 迷っている、と。


「ああ。悪かったね。それについては君が気にすることではないよ。少し拗ねてるだけだからね」


 それにしてもルルーシュという少女と、シュナイゼルとはいったいどういう関係なのだろうか。
 ずいぶんと親しそうな話し方をする。
 困った子だと言わんばかりのその態度は、まるで年の離れた妹への対応のようだ――まさかそんなことはあるはずがないが。それでも特別な意味をもつ子なのだということは明らかだ。

 

「大方自分の思い通りにならなかったことが気に入らないんだろうね。あの子はあれに誰も乗せたくないみたいでね。ただそうなるとデータもとれないし、量産に持っていくこともできない。早々に特派もつぶれてしまうだろう。そうならないためにも君に話を持ってくるしかなかったというところかな。あの子はまだ幼い。気分を害したというならば私から謝ろう。多めに見てくれるとうれしいんだが」

「そうな。殿下、畏れ多いお言葉です」

「そこで君に折り入って頼みたいことがあるんだ」


 はて、とスザクは首をかしげる。
 特派でテストパイロットをしろというのが本題ではないのか。


「あの子を、ルルーシュを守って欲しい」

 思わず聞き返しそうになった。
 しかしながら目の前のシュナイゼルの顔は真剣なそれで。
 スザクはそれをのみこまざるを得なかったのだ。

 

「これは命令ではなくて、私の個人的な願いなんだ、枢木卿。もし君が特派のデヴァイザーを引き受けてくれるというのなら必然的にあの子に近い人間で最も腕のたつ人間となる。あそこは技術部だからね」


 軍人といっても殴られたらすっ転ぶような人間の集まりだと遠まわしに言った。


「さらにデヴァイザーが正式に決まったとなれば、後方とはいえあの子も戦場へ赴くことになる。本来皇帝陛下の騎士である君にこのようなことを頼むのはお門違いだということはわかっているつもりだよ。それでも」


 それでも心配なのだと。
 だから彼女は何者だ。


「もともと特派はあの子のために作ったようなものなんだ。その際の約束というのが試作機のパイロットを護衛にするというものだったんだがね、相当嫌がってしまって。自分にはそんな価値はないと言うんだよ。ラウンズである君を選んだのは彼女なりの防衛策ということなんだろう。しかしね、私にも事情があって」


 皇帝直属の騎士に、シュナイゼルのお気に入りとはいえ一般人の護衛を命じることはできない。
 皇帝の命令であれば話は別だが、あの皇帝は黙認しても命じることはないだろう。
 事実上最初の約束が果たされなくなってしまうことになって喜ぶのが彼女で、困ってしまったのがシュナイゼルと、そういうことらしい。
 なるほどだから私的な訪問と言わざるを得なかったのだろう。

 

「彼女をなくすことはできる限り避けたい。常にそばについていてほしいというわけではなくて、なんというかな、もしも目の前で危険な目にあっていたら助けてやって欲しい。その程度で構わないんだ。万が一何かあっても君を責めることはない。ただ、約束をしてくれると私が安心できるという……すまないね、本当に私事なんだ」


 お願いできないだろうかとシュナイゼルは頭を下げた。
 真っ青になったのはスザクのほうだ。
 いくら私用と銘打っていても、こんなことあっていいはずがない。
 その時点でもしかしてのせられてるんじゃないかという思いが横切ったが、もうこれではどうしようもないではないか。

 言ってる内容は、彼の口からでてくるものと思えば意外性を感じるが、人としてみればそう外れたことではない。
 才能あふれる幼い少女を守ってほしい。
 そう言っているだけだ。
 たとえ彼女がスザクを嫌っていたとしても、彼女が目の前で危険なめにあっているとしたら、スザクは必ず助けるだろう。
 だからこれは純粋に、特派の申し出を受けるか否かの問題となる。

 


「頭をお上げください殿下! 彼女のことは自分が守ります」

 

 あ、だが、ひとつ問題があるのだった。

 

「ですから、特派がどこにあるのか教えていただけませんか?」

 

 ずいぶんと間抜けな問いを大真面目に言ったスザクに、シュナイゼルはすぐに原因に思い当たったらしい。
 あの子はと呟いて溜息をついた。

 


 教えてもらった場所は、意外に近場で普通に驚いた。