clap log 5 「Sweet William」


 そもそも出会いからして変わっていた。









 


Sweet William

 

 











 異国の生まれながらブリタニア人となった、名誉ブリタニア人でありながらその功績を認められ、ナンバーズ出身のものとして初めてのナイトオブラウンズに任命されてまだ数日しかたってなかったはずだ。
 任命式に初任務、前後してしまったがナンバーズを差別するのが国是であるはずなのに、そのトップを守る騎士たちによる歓迎を受け、何がなんだかまだきちんと判断がついてなかったそのあわただしい日々の中の一日。
 皇帝への報告を終え、ラウンズの詰め所に帰ったスザクを待っていたのはナイトオブスリー、ジノ・ヴァインベルグとナイトオブシックス、アーニャ・アールストレイム、それから見慣れぬ客人であった。

 
 詰め所には基本ラウンズしか入ることは許されない。
 正式な手続きの元、場所日時指定で人に会うのが常であり、客人を向かえるなどという話は聞いたことがない。
 最初の説明でも、確かにジノが「ここは俺たちしか入らない。もちろん皇帝陛下や殿下クラスになれば話は別だけど。こんなところに御出ましになることなんかないし」とはっきり言っていたはずだ。
 それともラウンズとなって日が浅いスザクが知らない暗黙の了解というやつなのだろうか。
 そのときはそう首をかしげたものだが、今ならわかる。
 そんな特例は存在しない。


 にもかかわらず、彼女はちょこんとソファに座っていた。
 長いまっすぐな黒い髪、大きな紫の瞳、白い肌、ピンクの唇。
 白いフリルに飾られたふんわりとしたワンピースは膝まで。
 長袖の袖口をかざるフリルの下に見える細い指が上品に重ねられていた。
 白のハイソックスに赤いエナメルの靴。
 きゅっと細くなっている足首に、将来たちの悪い女性になるんじゃないかとわけのわからないことを今でもたまに考える。
 けれどその時のスザクは瞬きもせずに見上げてくる大きな瞳と、体重を感じさせない存在感に、まず本当に生きているのか迷った。

 ビスクドールみたいだと思ったのを鮮明に覚えている。
 人形であれば持ち主が気になるところだが、詰め所にあっても客人よりはありえるものだと思えた。


「お客さん、であってるのかな?」

 どちら様だい?
 そうすぐ隣にいたアーニャに尋ねるが、彼女は首を振っただけだった。
 代わりにジノの答えてくれる。


「スザクに用だって」

 そう言われて必死に記憶をさぐってみるが、彼女の情報どころか客人としても思い当たる節は全くなかった。
 こんなにも強烈な印象の少女、一度見かけていれば忘れるはずがない。
 まだ成長途中の美貌だが、誰が見ても絶世の美少女で間違いはないだろう。

 何度か瞼を瞬かせるが、ないものはない。
 可能性すら思いつかない。


「僕に?」

 確認というよりは否定の意味をこめて反復すると、少女がソファから降り立った。
 本当に動いたことに一種の感動さえ覚えてしまった。

「枢木スザク?」

 少女の声は高くはないが甘かった。
 ただそこに、感情はなかった。

「そうだけど、君は?」

 答えない。
 上から下までスザクを眺めて、また下から上に戻る。
 じっと見つめられて居心地が悪い。
 
 なんだって自分の名前すら名乗らないあやしい人間が宮中の、しかもここは結構奥にあるというのに入ってこられたのか。

 目をそらしたら負けな気がしてしばし見詰め合った。
 そしてため息。

 本当になんなんだろうこの少女は。
 どこから来たのか、何をしにきたのか、素性どころか名前の一つもわからない、得たいの知れない美少女。
 さわっただけで折れてしまいそうな細い腕をしているからまさか危害を加えられるとは思わないし、敵意も感じないのだが、一種の不気味さを伴っていた。
 なまじその顔が整いすぎているのも悪い。
 作り物みたいな顔で、無表情なのもよくない。
 警戒心が最大に膨れ上がり、これ以上沈黙が続いていたらスザクは尋問の体勢へと入っただろう。

 少女が徐に口を開いた。


「ルルーシュ」
「は?」

 唐突なカタカナの羅列に思わず間抜けな声がもれてしまった。

「ルルーシュ・ランペルージ」

 それはもしかして。

「名前?」
「そう。所属は特別派遣嚮導技術部、通称特派」
「軍人?」


 その事実は生きていると判明したときと同じ衝撃があった。
 こんな少女が軍人だなんて。
 そもそも軍人ってなんだっけと定義から問いただしたくなる。

 まだ12,3才だろう。
 着ている服はどこぞの貴族のお嬢様が着ているようなドレスで、軍人とは国を守る人間であるはずなのに鍛えられている様子はまったくない。
 細い手足。細い身体。
 箸より重たいものがもてるのか――いや、箸をもったことがないか。
 銃など似合わない。
 似合うはずもない。
 彼女に似合うのは、ティーカップとか可愛らしい花とかぬいぐるみとか、それから本とか。
 血なまぐさい戦場と無縁ではいられない存在であるはずの名前が、自分もそれであるというのに、酷く縁遠いものに思えてしかたなかった。
 おそらく。
 彼女のいう「ぐんじん」とはスザクの認識する「軍人」とは別物なんだろう。
 たとえば部活の名前とか。
 ……………混乱しすぎてくだらないことを考え出した。


「特派」

 その名前は1、2度耳にしたことがある気がする。
 が、名前だけで詳しいことは何もわからない。
 ただ一つだけ確実なのは第二皇子シュナイゼル殿下がなにかしらかかわっているということだけだ。


「第七世代ナイトメアフレームの開発をしている」
「つまり?」

「つまり」
「つまり君は研究員ってこと?」

 それならば軍人であっても生死の遣り取りからは離れたところにいられる。
 なるほどと思う。
 納得しかけているスザクに無表情だった少女の眉がはじめてひくりと動いた。
 もちろん不愉快そうに。

「貴方は私が軍人であることがよほど気に入らないようだ枢木卿」

 硬質な美貌から放たれる硬質な声は少女にしては低めで、だが内容が気にならなくなってしまうほど心地よい声音だった。
 彼女と話していると全てが煙にまかれてもわからないかもしれない。
 あまり友人として付き合いたいタイプではないなと思う。
 おそらく少女のほうから断ってくれそうだが。


「気に入らないというか。そんな格好で? とは思ってる」

 研究員といわれて納得しかけたが、よくよく考えれば、というか考えるまでもなく研究員としてもフリルのスカートはやはりおかしいだろう。
 どうにも化かされている気になってきた。

「…………本題に入る。私たちの開発した試作嚮導兵器Z-01は第六世代までのナイトメア・フレームとは、……いい、詳細は省く。言っても理解できそうにないな。とにかく高性能故に乗り手を選ぶ。適合者が少ないのが当面の問題だが、試作機だからパイロットはとりあえず一人いれば問題ない。が、それがなかなか見つからない。そんな中適合する可能性のある者として貴卿の名前が挙がった」

 やっと話が見えてきた。

「枢木卿は先日ラウンズに就任されたばかりで専用機もないと聞く」
「僕に乗れ、と?」
「強制はできない。する気もない。そもそも可能性があるだけで実際にテストしてみないとどうなるかはわからない。それを前提とした話だと先に言っておく」

 だから内輪の話としてもってきた、というのが詰め所という場所に客人が通された理由らしい。
 なるほど。
 公に発表して、やっぱりダメでしたとなればどちらにとっても傷になる。

 以上だと告げた少女は、しかしスザクの返事を待つつもりはないらしい。
 スザクの脇を通り抜け、扉に手をかけた。

 

「もし興味をもたれたら、特派へ」

 アメジストの瞳にやはり感情はない。
 宝石にたとえてみたが、どちらかというと紫のビーダマかもしれない。

 だが、ふと。
 これは動物的直感だ。

「誘っているにしては、君は僕を歓迎していない。違う?」

 理由はやはり名誉だからだろうか。
 違う気もしたが、彼女のことなどわからない。


「これは主任の意向であり私の意志は関係ない。そして貴方が力を求めるなら、同じく私の意志は関係ないだろう」

 言い放って少女は出て行った。
 気に入らないと。


 ドアが完全に閉まってから、つめていた息を吐いた。 
 なぜか他の二人もつめていたらしい。
 同時に三つ重なった。
 そういえば随分と静かだった。
 アーニャは普段とかわりないとしても、あのジノまでもがルルーシュと名乗った少女がしゃべっている間一度も口を挟まなかっただなんて、まだ数日の付き合いではあったが意外だった。


「特別派遣嚮導技術部。特派。シュナイゼル殿下がつくった部隊。金食い虫」
「アーニャ」
「噂だけ。本当にあったんだ」

 なんだそれは。
 軍内にあって幻扱いされているのか。
 ちょっと待て。
 それでは問題が。
 もしスザクが承諾するとして、一体どこにいけばいいのか。

 何故か承諾する気になっている自分に驚きながら、あわてて扉を開けた。


「ってもういないじゃん」

 ジノがぼやいた。
 やけに早い。
 走ったのだろうか。


「消えた?」

 なんでだ。

「すっげー。おもしろー。なんか気づいたら部屋の中にいるしさー」

 ―――――え。
 なんだそれ。


「ジノ?」
「幽霊だったりして」


 本当にやめてほしい。
 弾んだ声で言ったジノをスザクは心持ちにらみつけた。