ルルーシュ・ランペルージは12才だ。
まだと見るか、もうと見るかは場合よりけりだが、とりあえず今はそんな話ではない。
いつだったかなと思い返す。
はじめて会ったのは。
そうだ、ロイド・アスプルンドとはじめて会ったのはルルーシュがまだ5つで、そしてまだ、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアであった頃のことだ。
Stachyurus praecox
一回り以上年の離れた兄に連れられて、というよりは無理やりついてきた。
目的はルルーシュの母であるマリアンヌに会うためだったという。
その頃からナイトメラフレームに異様な情熱を燃やしていたロイドが、閃光のマリアンヌと呼ばれたパイロットであるマリアンヌに会いたがっていたことに不自然なところはない。
不自然ではないが、かなり強引な手法であったとは思う。
当時20代前半であった兄はその頃からというか、それ以前からその優秀さをおしげなく発揮していたため大層多忙な人であった。異母兄弟であるルルーシュもそう頻繁に会える人ではない。
そもそも第二皇子であるシュナイゼル・エル・ブリタニアが騎士候とはいえ庶民出身のマリアンヌの娘であるルルーシュと会う機会があるというほうが周りからは奇異の目で見られたものだ。
シュナイゼルはおそらくはっきりと忠言もされていたはずだ。
付き合っても得にはならないからと。
しかし何がそんなに彼の気を引いたのか、第二皇子殿下は頻繁とはいえないがそれでも幼い姉妹が信頼を寄せるほどの頻度でアリエス宮を訪れては、ルルーシュにチェスの手ほどきをしていった。
変わった人だなと当時からしっかり物心のついていたルルーシュは思ったものだ。
だが、そのシュナイゼルが連れてきた人物によって、自分がいかに世界を知らないか、思い知った。
シュナイゼルが変わった人間だと思っていた。
皇族のくせに利益にならない人間と付き合いを続けるだなんて――そのうち先行投資なのだと気づいたが。
世界は広い。
シュナイゼルの変わり方なんてそんなものは数に入れてはいけない。
そうはっきりと結論がでてしまうほど、ロイド・アスプルンドは強烈に、変人だった。
まず初めてあったマリアンヌに感激のあまり舞い踊った。
人を食ったようにへらへら笑って、声は男にしては高く、語尾が伸びたりスタッカートがついたりと独特のリズムでしゃべる。
その内容はといえばナイトメアナイトメアナイトメアナイトメア終了そしてナイトメア。思い出してはナイトメア。
頻繁にこられないシュナイゼルにつれられてきたのは一度だけだ。
その日のうちに自由に訪れる権利を獲得した彼は――情熱とテンションに負けた。そう毒になるような人間でもないとマリアンヌも判断したのだろう――次からは一人で頻繁に訪れるようになったからだ。
マリアンヌと話すことを目的としていると決め付けていたが、常にそうであったかといえばもちろんマリアンヌの都合もある。
意外とルルーシュ相手に語っていることが多かった。
何分理解できる知能を持ち合わせていたことと、排除しようという気力にかけていたことが大きな原因だろう。
それに。
悪いものじゃなかったのだ。
ロイドと話すことは。
内容がどうというわけではない。
子供相手に楽しそうに語る彼が。
問題はそれから7年たとうが全く何もかわっていないところにあるんじゃないかと思う。
ルルーシュがルルーシュ・ランペルージという名前を纏った時、本当は一般庶民らしく学校に通おうと思っていた。
が、やはりそこはまだ8つの少女。
柄にもなく不安になって、そして相談する相手を間違えた。
ルルーシュの望みはひっそりと、穏やかに暮らすことだ。
出来れば皇族からは隠れたい。
けれど学校という場所は不特定多数とかかわりを持つことを前提につくられた施設であることを考えれば理想的ではなかったのだ。
だから、じゃあ理想的な場所を提供しましょうという言葉にだまされた。
ナイトメアに愛を語る男はナイトメアを作りたいのだと言った――むしろまだ手をつけていなかったことに驚いたものだ。
それに足りないものがある。
資金と何より場所。
場所といっても物理的な場所ではない。
伯爵家となれば場所の提供ぐらいできないはずがない。
資金に関して言うならば、道楽に金をかけすぎだとロイドの一存ではどうにもできなかったのが現実ではあるが、出そうと思えば先行投資で出せないこともなかっただろう。
けれどナイトメアフレームは趣味・道楽ではあるが、兵器としてつくることに相違はなかった。
つくるならば使わなければならない。
使うならば正当な理由がなければならない。
一番理想的なのは軍だが、軍に入ればつくれるとそういうわけでもなく、自分の好きなものをつくろうと思えばそこにたどり着く前に時間がかかる。
ということで、取引だ。
ロイドはルルーシュに場所を提供する。
隠れ蓑としての場所を。
研究員は必要最低限に。入れ替えはなし。
ルルーシュの素性を知るものはロイド一人だけ。
ルルーシュは一研究員としてその場に溶け込む。
ルルーシュはロイドに場所を提供する。
これはシュナイゼルにかけあった。
軍内に新たな組織を作れる人間で、ルルーシュがかけあってどうにかなる人物が彼だけであったのと、姿を隠すにあたりシュナイゼルの方から申し出があったからだ。
曰く、いつ命を狙われてもおかしくない今は姿を隠すといい。
ナナリーとルルーシュ、二人がそろっていれば目立ちすぎる。
ナナリーの保護についても面倒をみよう。
その代わり、ルルーシュが己の身を己の力で守れるだけの力をつけたあかつきには、シュナイゼルの元で働くこと。
10にも満たない少女に他にどんな選択肢があっただろう。
身を置く場所を自分で決められただけでも上出来といえた。
そうして4年。
やっぱり間違ったかなと思うのはこんな時だ。
「ロイド」
「なんですかあ?」
怒った顔をつくるのも面倒で、だいたい自分が怒ることでもないような気がしてきた。
とりあえずにっこり微笑んでやったらロイドぎくりと身体を止めた。
こういうことをすると、いくら上下関係を撤廃してしまっている特派といえど、周りに示しがつかず混乱が生じてしまうと最初は遠慮していたルルーシュであるが、これからずっとすごすのにロイドの好きにしていたら悲惨な目にあうと気づいてからは遠慮なく言うようになった。
おかげで今ではロイドではなくルルーシュが責任者のような扱いになってしまっている気がする。
少なくとも影のボスはルルーシュであるというのが研究員の認識であった。
それが12才の少女であろうと関係ない。
つまりみな、ルルーシュが可愛いのだ。
特派唯一の子供となれば構いたくなるし、嫌われたくない。
笑うと可愛いので機嫌をとりたい。
それだけのこと。
実質的な実権を握っているわけではない。
もっとも、事情を知っているロイドだけは別で本当の意味で責任者として接してくることもある。何せ実際はルルーシュがいることで成り立っている組織なのだ。
「なあ、次は、ランスロットに、緊急脱出ブロックを取り付けるとか、言ってなかったかな?」
わざと一言一言くぎりながらゆっくりと言ってやる。
「だ、だって、やっぱり空を飛んでみたいってランスロットが」
「ランスロットが?」
「言って」
「あほか!」
あまりにあまりな言い訳に、ルルーシュはとりあえず持っていたペンを投げつけた。
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