唐突に、肩にかかった重みに。
しかしルルーシュは顔すら上げなかった。
「重い」
淡々と一言。
Adiantum
原因はわかっている。
こんなことをするのは一人しかいない。
そしてその一人がルルーシュの反応を嬉々として待っているとなれば、思い通りの反応を返すのも馬鹿らしく、一瞬はねた心臓を無表情という仮面で覆い隠した。
基本的に彼女は突発的出来事に弱いというのが比較的親しい人間の間では常識となっていたが、今回は襲来が後ろからであったことが幸いし、無防備な表情を見られることはなかった。
もっとも前からこられれば驚くことすらなかったのだが。
「ジノ」
「はよ、ルルーシュ」
同じ弾んだ声でもロイドとはずいぶん違うなといつも思う。
粘着質に耳に残るロイドのそれとは違い、ジノ・ヴァインベルグの声には不快感がない。
さわやかな朝の訪れを告げるにふさわしい元気のいい声だ。疎ましがるとすれば早朝の低血圧の人間ぐらいだろう。
同じ貴族でも随分と違うものだ。
ルルーシュはおそらく付き合いの長さ故の慣れだと分析しているのだが、ロイドが嫌いではない。
好きだと言い切ってしまうには躊躇いのほうが大きいとはいえ、信頼関係を築けている、と思う。
なんだかんだと融通を図ってくれるのは厳しくないというよりはポリシーがないせいではないかと疑いたくもなるが、やりやすい上司であり、同士だとも認識している。
兄の学友として出会ったので、今でも子ども扱いしてくる――12才は紛れもなく子供である――ことを除けば、付き合いやすいと思う。
変人だが。
人間として間違っている部分が大半だが。
一方のジノはといえば、フレンドリーといえば聞こえがいい。
慣れなれしいと言ってしまえば見もふたもない。
出会ってまだ一ヶ月たつかたたないかでもうこれだ。
否、彼は出会ったその日からこうだった気がする。
「ジノ、重い」
後ろから手を回されて肩に体重をかけられているこの体勢は、ルルーシュが座っていたからいいものの、まだ成長途中のルルーシュには受け止めるのが荷が重く、立っていたら前に倒れこんだに違いない。
もっとも、彼がそんなことをするわけがなくうまく力加減を調節してくるかバランスを崩したルルーシュを支えるくらいはするだろうから心配をする必要はない。
こちらはこちらで年下の妹とじゃれる感覚なのだろう。
末っ子彼はどうやら自分より年下の子を構いたくて構いたくて仕方ないらしい。
同じラウンズの枢木スザクやアーニャ・アールストレイムに対しても同じことをして邪険に扱われる様子を何度も目撃してる。
懲りることを知らないのは長所か短所か。
だが所詮はいいとこの貴族のお坊ちゃんだ。
過剰反応しなければそのうち次の標的を見つけてルルーシュのことなんか忘れてくれるだろう、とルルーシュは踏んでいる。
「ルルーシュ何してんの?」
「仕事です。重いんですけどヴァインベルグ卿。これじゃあ仕事がすすみません」
ここのところ目新しいのか毎日顔をあわせているが、そもそも皇帝直属の騎士はそんなに暇な身分ではない。
さらに貴族でもなんでもない一介の技術者であるルルーシュ・ランペルージがナイトオブスリーに自分から会いに行く用事などできるはずもなく、この関係は彼が特派に足を運ばなければ自然に終わる関係であるのだ。
むしろ何でこんなに顔をあわせているのかのほうが理解できない。
特派が全精力を注ぎ込んでつくっているランスロットのデヴァイザーはナイトオブセブンである枢木スザクであるので、つまるところ彼は純粋に遊びにきているだけなのだ。
「はーい。他人行儀なしゃべり方禁止ね。って毎日言ってる気がするんだけど?」
「つまり貴方は毎日ここに来ているわけですね。そんなに暇なんですか」
「暇なのって可愛らしく聞けよ。暇じゃないけどルルーシュに会いに。嬉しい?」
「邪魔です」
気位の高い貴族へ言ってしまえば次の瞬間殺されても仕方ない――いやそこまではさすがにないが目をつけられて、どんな仕打ちをされるかわからない言葉を、一ヶ月の付き合いで問題ないと判断したルルーシュはもう躊躇わない。
実際問題、気にしないどころか気にもかけないので意味もないのだが。
「だいたいまだ7時だぜ? こ〜んなに朝早くから子供が働いちゃダメだって」
実は夜からずっといる。
終わったら寝ようと思っていたら終わらなかったのだから仕方ない。
告げると無駄にうるさそうなので絶対に言わないが。
「年齢と仕事は関係ありません」
「敬語禁止」
唇に人差し指をあてられて頭が痛くなった。
それに早くどいてほしい。
ロイドを怒鳴りつけているところを一度見られてしまったのがまずかった。
あれでもロイドは貴族だし上司だしで本来なら許されない態度――我ながら随分とえらそうな物言いだった自覚がある――をとっているのを見られてしまってから、差別はよくないだとかわけのわからない理由をつけられてはとがめられている。
わけがわからない。
同じように怒鳴りつけてほしいのか――自然体で接してほしいということなのだろう。貴族に怒鳴りつける平民の少女。ものめずらしさに目をつけられてしまった。
それでも責は自分にあり、ロイドを責められないのが腹立たしい。
というか、誰かの台詞でないが。
これは差別ではなく区別だ。
そしてけじめだ。
それでもため息一つ。
ここでルルーシュが意地をはっていても話がすすまない。
大人になれ。
大人になるんだルルーシュ・ランペルージ。
あっちはどこまで言っても弟なんだ。お前は姉だろう。
誰よりも可愛らしい愛する妹の姿を思い浮かべればちょっと心に余裕ができた。
「………………歳を理由にして仕事を疎かにしていいはずがないし、する気もない。人の命を預かっているものだし状態は常に万全にしておきたいだろ」
自分の整備不慮で怪我をしただとか死なれたりするようなことがあれば目もあてられない。
一度自分で負うと決めた責任を放り出すようなことはしてはならない。
それは世間的に子供であっても。
「もうちょっと女の子らしい言い方でもいいと思うけど、ま、いいか。それまだ時間かかる?」
「いや。ジノがどいてくれればあと数分で終わる」
最終チェックをしたら終わりだ。
…………………チェックで異常値がでなければ。
現金なもので即座になくなった肩の重みにさすがに笑ってしまった。
軽くキーボード上で指をはしらせる。
異常なし。
これでようやく寝れ――――。
「終わった? じゃあ朝ごはん、食べに行こうぜ。おいしいモーニングだしてくれる店があるらしいんだって。それとももう食べたか?」
「そ、れはまだ、なんだが」
ルルーシュは徹夜なのだ。
寝たいのだ。
食事なんかどうでもいいのだ。
だがそれを言ってしまえば美容がどうのだとか頭の痛くなるような説教につながることはわかりきっている。
「そっかよかった。アーニャとスザクも待ってるし、早く行こうぜ」
ああ。
いい笑顔だ。
どうしようきっと寝不足のせいに違いない。
頭痛がする。
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