clap log 2 「Narcissus」


 先に口にしたのはどちらだったか。
 それはただの事実であったけれど、一度口に出してしまばもうとまらなかった。

 暑い。

 強い日差しにちりちりと肌が焼ける。
 アスファルトに反射した熱が足元からのぼってくる。
 これだから都会はいけない。
 その都会ゆえの便利さに多大なる恩恵をあずかっているというのに、足蹴にするような態度でぼやく。なまじ普段から空調のきいた部屋に引きこもっているだけに、外のうだるような暑さが彼女たちを苦しめた。

 こうなってしまうともうだめだ。
 頭は働かないし、身体は動かしたくないしで涼しくなるまで夏眠したい。
 だが今寝たら永眠するだろうなと我ながらくだらないことを考えた。

「暑い」
「……暑い」

 会話にもならない。


「どこか店に入ろう」

 こんなところもう一時だって耐えれない。
 ルルーシュが言うと、アーニャもうなずいた。

「うん。…………あ」
「何?」

 うなずいたままアーニャが止まった。
 ルルーシュがいぶかしげにその視線を追って。

「あ」

 止まった。

 どちらともなく目線を合わせて。
 そうして言葉にされることなく次の行動が決まった。 

 

 

〜Narcissus〜

 

 

 やっぱり夏はアイスだろう。
 可愛い色のアイスを二つのせたシュガーコーンにそれだけで気分が浮上する。
 現金なものだ。

 食べるのがもったいなく思ってしまうけど、けれど早く食べないと溶けてしまう。
 ルルーシュはプラスチックのスプーンで迷うようにアイスをつつく。
 もうやわらかくなってしまっている。
 これは早く食べなければ悲しいことになってしまいそうだ。
 それはもったいないと上の段のアイスから口に運べば、甘い香りと少しの酸味。
 何よりその冷たさに思わず顔がほころんだ。
 

 

 


 ――――――――――カシャ。

 

 横で聞こえた電子音にはっとして振り向けば、思ったとおりそこには携帯を構えたアーニャいた。
 なんたることだ。
 右手のアイスがもうすぐコーンを伝おうとしてる。アイスより携帯のほうが大切なのか。

 いや違う。
 そんな問題ではなくて。

「アーニャ」

 常よりも強めに名前を呼び、咎めるけれどもルルーシュよりも2つ年上の少女は悪びれるどころか相変わらず感情の読めない顔で首を傾けただけだった。


「何?」
「何? じゃなくて。ブログに俺の写真を載せるのはやめてくれって言っただろ」

 ああこの話題は一体何回目だろう。
 彼女が情報の発信に凝っているのは重々承知しているが、けれどルルーシュは写真を掲載されると困るのだ。
 私生活を他人に晒す趣味のないルルーシュにとってはブログなど興味はないが、人がやっていることにまで口をだすつもりはない。しかしだ、そこに自分の情報が含まれるとなれば話は違ってくる。
 咎めるのは当然の権利だろう。

 つい先日同じ話題で同意してくれたと思ったのに。
 なんでまた繰り返さなければならないのだろうか。
 若干14にして皇帝直属の騎士、ナイトオブラウンズになったのだから頭は悪くないはずなのに。


「うん。だから顔はわからないようにした」

 問題はないと言われて頭をかかえたくなった。
 理由を言ってないのも原因の一つなのかもしれないけれど、けれど不特定多数に自分の預かり知らぬところで見られているというのが嫌なのだと一般的な感覚で理解してくれてもいいだろうと思う。
 たとえ理由がそれとは少し違ったとしても。

 それに顔がわからなければいいという問題ではない。
 世の中には手一つだけで特定してくださる人もいるのだから。
 変態くさい。


「それでも、だ」
「絶対? 少しも?」
「ああ」

 もう一度強く頷けば、表情豊かとは言えない彼女にしては珍しく誰から見てもがっかりしているとわかる表情を作った。


「じゃあ、ブログじゃなければいい?」
「………ネットは駄目だ」
「ネットじゃなければ?」

 

 どうにも食い下がる。


「記念に?」
「売る」


 真剣に言われて。
 絶句した。


 そんな馬鹿正直に言われて了承するとでも思うのか。


「やめてくれ。というか需要があるのか!?」
「秘密」
「やっぱり写真は全面的に禁止だ!」

 撮らないからといって支障があるものでもない。
 何に使われるかわからない状態より完全禁止のほうがよほどいい。

「せっかくすごく可愛い笑顔がとれたからスザクに見せてあげようと思ったのに」
「見せてどうするつもりだよ」

 スザクは………おそらく自分たちの関係を鑑みるに興味をもたないだろう。
 たとえどんな写真であっても。
 そもそもお互い事務的な関わりしかもっていないのに、何故ここでその名前がでてくるのだろうか。

「スザクもルルーシュもお互い誤解してる」

 静かな声に指摘されてルルーシュは小さく苦笑した。
 これはもしかして。
 心配、されているのだろうか。
 けれど誤解と言われても、ルルーシュはスザクをある程度その人となりを知っているつもりだし、悪い印象をもっているわけじゃない。
 ただ距離をとってるのは事実だから、スザクはルルーシュにいい感情を抱いてはいないかもしれないし、冷たい面白みのない奴だとそれくらいは思っているかもしれないが、それは誤解とはまた違う。
 

「ルルーシュはスザクに笑わない。だからこれを見ればまた変わると思う」

 変わらない。
 変わるわけがない。
 何故なら今の関係を意図的に作っているのがルルーシュだから。


「スザクに笑わないなら意味がないと思うんだが」
「なんで笑わないの」
「必要がないから」


 そもそもなんでこんなことを笑うどころか表情が動くことが珍しく彼女に言われなければならないのか。
 無駄によく動くジノならまだしも。


「スザクはランスロットのパイロットなのに」
「だから? 俺はただの一技術者だよ」
「ルルーシュもパーツだと思ってる」
「まさか。枢木スザクは枢木スザクだ」


 ラウンズ様に向かってパーツ扱いするのはさすがにロイドだけだ。
 あれはもう別世界の人で通ってしまっているので仕方がないとしても、特派はそんな非道な集団ではない。


「とにかくだ、枢木スザクとの関係は今のままでいいんだよ。写真ももう撮らないで欲しい」
「ルルーシュ」
「深い意味があるわけじゃないんだ」

 アーニャを拒絶したいわけじゃない。
 だから慎重に言葉を選んだ。

「嫌いっていうか苦手なんだ。な?」
「私は……、思い出は残したい」

 ああそう。
 そこなのだと言ってわかってもらえるだろうか。


 ルルーシュは。
 綺麗な思い出になどなりたくなかった。
 形に残しておくなどごめんだ。

 だってそれは。
 破られる。

 この日常は続かない。
 写真は破られる。
 破られるくらいなら、ないほうがマシだ。


 ああ違う。
 データだから破棄だ。
 ボタン一つで消えうせるのだ。


 先がわかっているのにどうしてそんなことできるだろう。


 アイスはもう、溶けだしていた。